親の死後、兄弟間の連絡頻度が急に減ったケース

相続と人間関係

親の死後、兄弟間の連絡頻度が急に減ったケース

親が亡くなる前は、兄弟間でそれなりに連絡を取り合っていた。親の様子を共有したり、帰省の予定を調整したり、時には何気ない近況報告をしたり。頻繁ではなくても、つながりはあった。

親が亡くなり、相続の手続きが一段落すると、連絡の頻度が目に見えて減っていく。用事がなければ連絡しない。連絡する理由が見つからない。気づけば、数か月、あるいは一年以上、兄弟と話していない。

仲が悪くなったわけではない。喧嘩をしたわけでもない。ただ、連絡を取る機会が自然と消えていった。


親という共通の話題が失われる

兄弟間の連絡には、多くの場合、親という共通の話題があった。「お母さん、最近どう?」「お父さんの検査結果出た?」「来月の帰省、いつにする?」。親の存在が、連絡のきっかけを作っていた。

親が亡くなると、この共通の話題が失われる。兄弟それぞれに自分の生活があり、仕事があり、家庭がある。親という接点がなくなると、それぞれの生活が交わる場面が極端に減る。

共通の関心事がないと、連絡する理由を見つけにくくなる。わざわざ連絡するほどの話題がない、という状態が続く。


連絡する「用事」がなくなる構造

親が生きている間は、連絡する「用事」が自然と発生していた。親の誕生日、法事、帰省の調整、親から頼まれた連絡事項。用事があるから連絡する、という流れができていた。

親が亡くなり、相続の手続きが終わると、用事が発生しなくなる。連絡する理由がないのに連絡することは、どこか不自然に感じられる。「特に用はないんだけど」と言って電話するのは、習慣がなければ難しい。

用事がないと連絡しない、連絡しないと用事も生まれない。この循環が、疎遠を加速させる。


相続が終わると区切りがつく感覚

相続の手続きをしている間は、兄弟間で頻繁に連絡を取っていたかもしれない。書類の確認、話し合いの日程調整、手続きの進捗共有。相続という共通の課題があることで、連絡の機会は維持されていた。

相続が終わると、その課題がなくなる。「やるべきことは終わった」という区切りの感覚が生まれる。区切りがつくと、次に連絡するきっかけが見えなくなる。

相続中に頻繁に連絡を取っていた分、終わった後の落差が大きく感じられることもある。急に静かになった、という感覚。


実家という集合場所がなくなる影響

親が住んでいた実家は、兄弟が集まる場所として機能していたことが多い。盆や正月、親の誕生日、何かの用事があるとき。実家に行けば兄弟に会える、という構造があった。

親が亡くなり、実家を処分したり、誰かが住み続けることになったりすると、この集合場所としての機能が失われる。「実家に帰る」という行為自体がなくなることもある。

集まる場所がなくなると、会う機会も減る。会わなければ、話す機会も減る。場所の喪失が、関係の希薄化につながることがある。


連絡しない期間が長くなるほど連絡しにくくなる

最初は、少し間が空いただけだった。忙しかったから、特に用事がなかったから。数週間が数か月になり、数か月が一年になる。

連絡しない期間が長くなると、連絡すること自体のハードルが上がる。「久しぶりに連絡したら変に思われるかもしれない」「何か用があると思われるかもしれない」「今さら何を話せばいいかわからない」。

連絡しない期間が長くなるほど、連絡しにくくなる。この悪循環が、疎遠を固定化させていく。


関係が悪いわけではないという認識

疎遠になったとしても、関係が悪いわけではない、と認識していることが多い。喧嘩をしたわけではない。嫌いになったわけでもない。ただ、連絡を取っていないだけ。

この認識があるからこそ、あえて関係を修復しようとする動きにはなりにくい。修復するほど悪化していないからである。「会えば普通に話せる」「連絡すれば普通に返事が来る」。そう思っている。

ただ、実際に連絡を取らない状態が続くと、「普通に話せる」かどうかも確認できなくなる。関係は悪くないが、関係は薄い。その状態が固定化していく。


相続をきっかけに生まれた距離感

相続の過程で、何らかの行き違いや感情的な摩擦があった場合、それが距離感として残ることがある。表面上は解決した、大きな問題にはならなかった。しかし、どこかにわだかまりが残っている。

そのわだかまりが、連絡を躊躇させる要因になることがある。「あのときのこと、まだ気にしているかもしれない」「連絡すると、また何か言われるかもしれない」。はっきりとした理由ではないが、なんとなく避けてしまう。

相続で生まれた微妙な距離感が、その後の関係に影響を与え続けることがある。


疎遠になったことに気づく瞬間

兄弟と連絡を取っていないことに、普段は気づかないことが多い。日常生活の中で、兄弟のことを考える機会がそもそも少ない。

気づくのは、何かのきっかけがあったときである。年賀状を書くとき、住所を確認しようとして、最後に連絡したのがいつか思い出せない。親戚の冠婚葬祭で久しぶりに顔を合わせ、話すことがないことに気づく。自分や家族に何かあったとき、兄弟に連絡すべきかどうか迷う。

疎遠になっていたことに気づいたとき、どうするかは人それぞれである。連絡を再開する人もいれば、そのまま距離を置き続ける人もいる。


結び

親という存在は、兄弟をつなぐ接点として機能していたのかもしれない。その接点が失われたとき、兄弟関係がどうなるかは、それまでの関係の在り方による。

連絡を取らなくなったからといって、関係が終わったわけではない。しかし、連絡を取らない状態が長く続くと、関係は薄くなっていく。

親がいなくなった後の兄弟関係は、意識して維持しなければ、自然と疎遠になっていく構造の中にある。


参考情報