親が亡くなると、実家に行く理由が変わる。生前は親に会うために訪れていた場所が、誰もいない空間になる。葬儀の後、四十九日の後、一周忌の後。節目を過ぎるたびに、実家を訪れる機会は減っていく。
最初は片付けのために足を運ぶこともある。しかし、少しずつ間隔が空き、気づけば数か月、半年と誰も行かない状態が続くことがある。
実家に誰も行かなくなる背景には、物理的な距離だけでなく、心理的な要因や家族間の曖昧な責任分担が絡んでいることがある。
行く理由がなくなる瞬間
生前、実家を訪れる理由は親に会うことだった。正月、お盆、誕生日、あるいは特別な理由がなくても顔を見せに行く。親がいるから行く場所だった。
親が亡くなると、その理由がなくなる。建物は残っているが、そこに行っても誰もいない。行く目的が見当たらなくなる。
葬儀や法要の直後は、片付けや手続きのために行くことがある。しかし、それが一段落すると、次に行く理由を見つけることが難しくなる。
片付けが途中で止まる
親の遺品整理は、一度で終わることが少ない。部屋の数が多ければ、何日もかかる。物が多ければ、何度も通う必要がある。
最初は意気込んで始めても、途中で疲れてくる。思い出の品が出てきて手が止まる。捨てるか残すか判断がつかないものが増えていく。
「また今度やろう」と思って帰ると、次に行くまでの間隔が空いていく。片付けが途中のまま、実家は放置されることになる。
誰も住んでいない家に行く心理的負担
誰も住んでいない家に行くことには、独特の心理的負担がある。電気が止まっていれば暗い。暖房がなければ寒い。人の気配がない空間に一人で入ることに抵抗を感じる人もいる。
また、親がいた頃の記憶が蘇ることへの負担もある。リビングに座っていた姿、台所で料理をしていた姿。そうした記憶と向き合うことが辛くて、足が遠のくこともある。
実家に行くことが、悲しみを再確認する行為のように感じられることがある。
遠方に住んでいる場合の距離
相続人が全員、実家から離れた場所に住んでいることがある。東京、大阪、福岡とそれぞれ別の都市に住んでいて、実家は地方にある。
移動には時間と費用がかかる。週末を使って日帰りできる距離ではない場合、行くこと自体が大きな負担になる。仕事や家庭の都合で休みが取れなければ、なおさら行きにくい。
「いつか時間ができたら」と思っているうちに、月日が経過していく。
近くに住んでいる人への期待
相続人の中に、実家の近くに住んでいる人がいると、その人に管理を期待する空気が生まれやすい。遠くに住んでいる人から見れば、「近いのだから」という思いがある。
しかし、近くに住んでいるからといって、その人が管理を引き受けるとは限らない。仕事があり、生活があり、自分の家庭がある。実家の管理に割ける時間は限られている。
期待と現実のずれが、兄弟間の不満につながることがある。誰も実家の管理を正式に引き受けないまま、曖昧な状態が続く。
管理の担当が決まらない
実家の管理を誰がやるか、明確に決まっていないことがある。相続の話し合いでは、財産をどう分けるかが中心になり、管理の分担まで話が及ばないことがある。
管理とは、郵便物の確認、庭の草むしり、換気、設備の点検など、地味で継続的な作業である。一度やれば終わりというものではない。
担当が決まらなければ、誰もやらない。全員が「誰かがやるだろう」と思っている間に、実家は放置される。
放置されることで進む劣化
家は人が住まなくなると劣化が進む。換気がされなければ湿気がこもり、カビが発生する。水道を使わなければ配管が錆びる。庭の草は伸び放題になる。
郵便受けにチラシが溜まり、外から見て空き家だと分かる状態になると、防犯上の懸念も生じる。近隣からの苦情が来ることもある。
放置している間に進む劣化は、後から対処しようとすると大きな費用がかかることがある。
行かないことへの罪悪感
実家に行かないことに対して、罪悪感を覚える人もいる。親が大切にしていた家を放置している、という後ろめたさ。兄弟の中で自分だけが何もしていない、という気まずさ。
しかし、罪悪感があっても、実際に行動に移せるかは別の問題である。忙しさ、距離、心理的負担。さまざまな要因が重なって、足が向かない。
罪悪感を抱えながらも行かない状態が続くと、その話題自体を避けるようになることがある。
売却や処分の話が進まない
誰も住まない実家をどうするか。売却するのか、貸すのか、解体するのか。話し合いが必要だが、その話し合い自体が進まないことがある。
売却には全員の同意が必要である。思い入れがある人がいれば、話は簡単には進まない。かといって、誰かが住むわけでもない。
結論が出ないまま、実家はそのままの状態で残り続ける。固定資産税は毎年かかる。維持費も発生する。それでも決断が先送りされる。
実家が宙に浮いたまま時間が過ぎる
親の死後、実家に誰も行かなくなるケースは珍しくない。行く理由がない、心理的に辛い、物理的に遠い、担当が決まらない。さまざまな要因が重なっている。
実家は売却も解体もされず、誰も住まない状態で残り続ける。その状態が数年、十数年と続くこともある。
宙に浮いたままの実家は、相続の問題が完結していないことを静かに示している。

