親が亡くなった後、相続の話をしなければならないことは、家族の誰もが分かっている。しかし、誰が最初にその話を切り出すかという問いに対して、答えが出ないまま時間が過ぎていくことがある。
それぞれが「誰かが言い出すだろう」と思いながら、結局誰も言い出さない。そうした状態が続く家庭がある。
長子が言うべきなのか
兄弟姉妹の中で、年長者が話を始めるのが自然だと思われることがある。家族の中での順番が、相続の話を始める順番と結びつけられる。
しかし、長子自身がその役割を引き受けることに抵抗を感じることもある。「なぜ自分が」という思いが浮かぶことがある。
実家に近い人が言うべきなのか
物理的に実家に近い場所に住んでいる人が、話を始めるのが自然だと思われることもある。親の生前から関わりが深かった人が、その延長で相続の話も担うのではないか。
しかし、近くにいたからこそ、別の負担をすでに抱えていることもある。さらに相続の話まで自分から始めることへの疲れを感じることがある。
一番関係が良い人が言うべきなのか
家族の中で比較的関係が良好な人が、話を始めやすい立場にいると思われることがある。他の人が話しにくいことも、その人なら言えるのではないか。
しかし、関係が良いからこそ、その関係を壊したくないという気持ちが働くこともある。相続の話を切り出すことで、今の関係が変わってしまうことへの懸念がある。
言い出した人が責任を負う構造
相続の話を最初に切り出した人が、その後の話し合いを主導することを期待されることがある。話を始めた以上、最後まで責任を持つべきだ、という暗黙の了解が生まれやすい。
その構造を予感しているからこそ、誰も最初の一歩を踏み出せないことがある。
言い出すタイミングへの迷い
相続の話を始めるには、適切なタイミングがあるように思える。葬儀の直後では早すぎる。かといって、時間が経ちすぎると切り出しにくくなる。
そのタイミングを計っているうちに、時間だけが過ぎていくことがある。「今ではない」という判断が繰り返される。
他の人も同じように迷っている可能性
自分だけが迷っていると思いがちだが、実際には他の家族も同じように迷っていることがある。誰かが言い出すのを待っている状態が、複数の人の間で同時に起きている。
その状態は外からは見えにくい。お互いが相手の出方を窺っている。
連絡を取ること自体への抵抗
相続の話を始めるためには、まず家族に連絡を取る必要がある。しかし、その連絡を取ること自体にハードルを感じることがある。
普段から頻繁にやり取りをしていない場合、突然連絡することへの抵抗がある。何と言って切り出せばいいのか、言葉が見つからない。
誰も言い出さないまま時間が経つ
迷いが続く中で、数週間、数か月と時間が経っていくことがある。その間、相続に関する手続きは進まない。
時間が経つほど、話を切り出すことへのハードルは高くなる。なぜ今まで言わなかったのか、という問いが新たに生まれる。
結果的に外部からの働きかけで始まる
金融機関からの連絡、役所からの通知、専門家からの問い合わせ。そうした外部からの働きかけによって、相続の話が始まることがある。
家族の中からは言い出せなかったことが、外部の存在によって動き出す。その場合、家族の間での話し合いは、すでに外部の都合に合わせる形で進むことになる。
結びに
誰が最初に話を始めるべきか、という問いに正解はない。しかし、その問いを抱えたまま時間が過ぎていくと、話し合いそのものが難しくなっていくことがある。
参考情報
– 法務省:相続に関する手続きについて

