相続の話し合いが始まったとき、何らかの理由で関与しないことを選んだ人がいる。遠方に住んでいる、仕事が忙しい、親との関係が疎遠だった。理由はさまざまだが、最初の段階で「自分は関わらない」という立場を取った。
その判断は、そのときの状況に基づいたものだったかもしれない。しかし、一度関わらないという選択をすると、その後も「関わらない人」として扱われ続けることがある。本人が望んでいるかどうかに関係なく、立場が固定化されていく。
最初の不参加が基準になる
相続の話し合いが始まったとき、全員が同じタイミングで集まれるとは限らない。誰かが最初の話し合いに参加できなかった場合、その人を除いた形で話が進むことがある。
一度そうなると、「あの人は来なかった」という事実が基準になる。次の話し合いでも「前回いなかったから」という理由で声がかからないことがある。本人に参加の意思があったとしても、その意思を確認される機会がないまま、外されていく。
情報が共有されなくなる
話し合いに参加していない人には、議論の内容や決定事項が伝わりにくくなる。詳細を説明する手間を省くため、結論だけが簡単に伝えられることもある。「こう決まったから」という報告だけで、経緯は共有されない。
情報が共有されないと、口を出しにくくなる。経緯を知らずに意見を言えば、「事情を知らないのに」と思われるかもしれない。そうした懸念から、発言を控えるようになる。発言しなければ、ますます「関わらない人」という認識が強まる。
役割が他の人に割り振られる
相続には、窓口役、書類の管理、連絡係など、さまざまな役割がある。関与しない立場を取った人には、当然ながらこうした役割は割り振られない。
役割がないと、話し合いの中で発言する根拠も薄くなる。「何もしていないのに意見だけ言う」という構図を避けるため、さらに距離を置くことになる。役割の不在が、立場の固定化を加速させる。
遠慮が距離を広げる
関与していない側も、遠慮を覚えることがある。「自分が口を出しても迷惑かもしれない」「任せた方がスムーズに進むだろう」。そうした配慮から、積極的に関わることを避ける。
その遠慮が、他の家族には「やはり関わる気がないのだ」と映ることがある。遠慮と無関心の区別は、外からは見えにくい。結果として、距離はさらに広がっていく。
関わりたいときに戻れない
途中から「やはり関わりたい」と思っても、戻るタイミングが見つからないことがある。話し合いは進んでおり、これまでの経緯を把握していない。今さら参加しても、流れについていけないかもしれない。
「もう遅い」という感覚が、参加への障壁になる。他の家族も「今さら来ても困る」と思っているかもしれない。そうした想像が、戻ることをためらわせる。
期待されなくなる
関与しない状態が続くと、他の家族からの期待もなくなっていく。何か決めるときに「あの人はどう思うだろう」と考えることがなくなる。意見を求められることも、確認を取られることもなくなる。
期待されないことは、楽に感じる面もあるかもしれない。しかし、家族の中で存在感が薄れていくことでもある。いつの間にか、いてもいなくても同じという扱いになっていく。
最後に責任だけが残る
相続が終わった後、関与しなかった人にも法的な責任は残ることがある。遺産分割協議書への署名、相続税の申告、不動産の名義変更。関わっていなくても、これらの手続きには参加を求められる。
「何も決めていないのに、署名だけ求められる」という状況に違和感を覚える人もいる。しかし、それまで関わってこなかった以上、今さら異議を唱えることも難しい。立場の固定化が、最後の段階で別の形で表れてくる。
本人の意思とは別に進む
立場の固定化は、必ずしも本人の意思に基づいているわけではない。最初は「今回だけ」のつもりだったかもしれない。状況が変われば関わるつもりだったかもしれない。
しかし、一度形成された役割分担は、簡単には変わらない。周囲の認識が固まってしまうと、本人がどう思っていても、その認識に沿った扱いを受け続けることになる。
固定化されたまま終わる
相続が終わり、手続きがすべて完了しても、立場の固定化は解消されない。「関わらなかった人」という認識は、相続後も家族の中に残り続けることがある。
次に何か家族の問題が起きたとき、同じパターンが繰り返されることもある。一度固定された役割は、次の場面でも引き継がれやすい。そうして、立場はさらに強固なものになっていく。
参考情報

