相続放棄という制度がある。相続人としての権利と義務を一切放棄するという選択だ。法律で認められた手続きであり、特別なことではない。しかし、この話題が家族の間で語られることは少ない。
誰かが放棄を考えていても、それを口に出さない。口に出せない。周囲もまた、その可能性について触れない。沈黙の中で、各自が別々のことを考えている。
放棄という言葉の重さ
「放棄」という言葉には、どこか否定的な響きがある。何かを投げ出す、見捨てる、責任を取らない。そうしたイメージが付きまとう。法律用語としては中立的な意味でも、日常語としては違う印象を与える。
相続放棄を検討していることを伝えると、「家族を捨てるのか」と受け取られるかもしれない。そうした誤解を恐れて、言葉を飲み込む人がいる。
放棄を考える理由が伝わりにくい
相続放棄を選ぶ理由はさまざまだ。債務が多い場合、関わりたくない事情がある場合、他の相続人に譲りたい場合。しかし、その理由を説明することは容易ではない。
「なぜ放棄するのか」と問われたとき、本当の理由を言えないことがある。理由を言えば、過去の関係性や感情に触れることになるかもしれない。それを避けるために、理由を曖昧にしたまま沈黙を選ぶ。
放棄を切り出すタイミング
相続放棄には期限がある。相続の開始を知ったときから三か月以内に家庭裁判所に申述する必要がある。しかし、その期限内に「放棄する」と家族に伝えることは別の問題だ。
葬儀の直後では早すぎる気がする。話し合いが始まってからでは遅い気がする。適切なタイミングを探しているうちに、時間が過ぎていく。結局、言い出せないまま期限が近づくこともある。
周囲が放棄に触れない理由
放棄を考えている本人だけでなく、周囲もまたその話題を避けることがある。「放棄するつもりなのか」と直接聞くことは、相手を責めているように受け取られかねない。
また、放棄されると困るという事情がある場合もある。相続人が減れば、残った人の取り分が増える一方で、負担も増える。その複雑な利害関係が、話題を避ける理由になる。
放棄の意思が推測される状況
言葉にしなくても、態度から放棄の意思が推測されることがある。話し合いに参加しない、連絡に応じない、書類の提出を遅らせる。そうした行動が、「放棄するつもりなのではないか」という憶測を生む。
しかし、推測は推測でしかない。本人に確認しないまま、周囲だけで話が進むことがある。「あの人は放棄するだろう」という前提で計画が立てられ、後から齟齬が生じる。
沈黙が生む誤解
放棄について沈黙が続くと、さまざまな誤解が生まれる。放棄を考えている人は「相手も薄々気づいているだろう」と思い、周囲は「言わないということは放棄しないのだろう」と思う。
お互いが相手の意図を推測し合い、確認しないまま時間が過ぎる。後になって「そんなつもりだったとは知らなかった」という事態になることがある。
放棄を言い出した後の空気
沈黙を破って放棄を伝えたとき、場の空気が変わることがある。驚き、困惑、あるいは安堵。反応はさまざまだが、それまでの関係性が一瞬で変わったように感じることがある。
言ったことで楽になる場合もあれば、言ったことで関係が複雑になる場合もある。どちらになるかは、事前には分からない。
放棄が正式に成立した後
家庭裁判所で放棄が認められると、法律上は相続人ではなくなる。しかし、家族の間での立ち位置は曖昧なままになることがある。
「放棄した人」というラベルが、その後の関係に影響を与え続ける。法的には関係がなくなっても、感情的なつながりは残る。その不一致が、新たな沈黙を生むこともある。
語られなかった理由が残る
放棄をめぐる沈黙は、たとえ放棄が成立した後でも残ることがある。「なぜ放棄したのか」という問いに答えないまま、時間が過ぎていく。
周囲は理由を知りたいと思っているかもしれない。しかし、聞けない。聞いたところで答えてもらえないかもしれない。そうした推測が、沈黙を延長させる。
相続放棄という制度は明文化されているが、その選択をめぐる家族の心理は、言葉にならないことが多い。
参考情報

