相続の話題が出ると、昔の不満が一気に噴き出すケース
相続の話し合いを始めようとしたとき、予想していなかった展開になることがある。財産の分け方を話し合うはずが、いつの間にか過去の話になっている。
「あのとき、自分だけ大学に行かせてもらえなかった」「お姉ちゃんばかり可愛がられていた」「実家の近くに住んで親の面倒を見てきたのは自分だ」。何十年も前の出来事が、今ここで語られ始める。
相続という場面が、蓋をしていた感情を開けてしまうことがある。財産をどう分けるかという話が、過去の不公平をどう清算するかという話に変わっていく。
相続が過去を呼び起こす理由
相続は、親から子へ財産が移る場面である。この場面で、過去の親子関係や兄弟関係が意識されるのは自然なことかもしれない。
親が亡くなったことで、親に対して言えなかったこと、親との間で解決しなかったことが、行き場を失う。その行き場のない感情が、兄弟間の話し合いの場で表出することがある。
また、財産の分配は、親からの「最後の贈り物」とも捉えられる。その分配が公平かどうかを考えるとき、過去の扱いが公平だったかどうかという問いが連動して浮かんでくる。
長年蓄積されてきた不満の存在
兄弟間には、表面化していない不満が蓄積されていることがある。日常生活では問題にならない程度のもの、あるいは問題にしても仕方がないと諦めてきたもの。
「自分の方が我慢してきた」「自分ばかり損な役回りだった」「親は平等に扱ってくれなかった」。こうした感覚は、長い年月をかけて積み重なっている。普段は意識しないようにしていても、完全に消えているわけではない。
相続という場面は、その蓄積された不満が表に出るきっかけになりやすい。財産という具体的なものを前にして、抽象的だった「不公平感」が形を持ち始める。
「公平」の基準が人によって違う
相続における「公平」とは何かは、人によって解釈が異なる。
法定相続分で均等に分けることが公平だと考える人がいる。一方で、親の介護をしてきた人が多くもらうのが公平だと考える人もいる。学費や住宅資金など、過去に受けた援助の差を考慮すべきだという人もいる。
それぞれが自分なりの「公平」を持っている。しかし、その基準が共有されていない状態で話し合いを始めると、すれ違いが生じる。自分にとっての公平を主張することが、相手には「過去を蒸し返している」ように見えることがある。
財産の話が感情の話にすり替わる瞬間
話し合いは最初、財産の確認から始まる。預貯金がいくらある、不動産がある、保険がある。そうした事実の確認は比較的冷静に進む。
しかし、「どう分けるか」という段階に入ると、空気が変わることがある。「自分はこれだけもらう権利がある」という主張が出てきたとき、その背景にある感情が言葉になり始める。
「権利がある」の根拠として、過去の貢献や犠牲が語られる。介護をした、親の事業を手伝った、実家を守ってきた。そうした主張に対して、別の兄弟から反論が出る。話の軸が、財産から過去の評価へと移っていく。
言わなかったことが言われるタイミング
これまで言わなかったことが、なぜこのタイミングで言われるのか。それには理由がある。
親が生きている間は、親との関係を壊したくなかった。兄弟との関係も維持したかった。波風を立てないために、不満を飲み込んできた。
しかし、親が亡くなり、相続という「最後の機会」が訪れたとき、もう我慢する理由がなくなったように感じる人がいる。「今言わなければ、一生言えない」という感覚が、長年抑えてきた言葉を解き放つ。
言われた側は、「なぜ今さら」と感じる。言った側は、「今しかない」と感じている。このずれが、話し合いを複雑にする。
過去の話を持ち出されたときの反応
過去の不満を持ち出されたとき、反応はさまざまである。
同意する人もいる。「確かにあのときは不公平だった」と認め、それを踏まえた分配を考えようとする。しかし、それは稀なケースかもしれない。
多くの場合、反発が生まれる。「そんな昔のことを今さら」「自分だって我慢してきた」「記憶が違う」。過去の出来事に対する認識は、人によって異なる。同じ出来事でも、受け止め方は違う。
反発が反発を呼び、話し合いが感情的な応酬になっていくことがある。
話し合いが本題に戻れなくなる構造
一度過去の話が始まると、本題である財産分配に戻ることが難しくなることがある。
過去の不満が解決されないまま、財産の話を進めようとしても、「その前にこの問題を片付けてほしい」という気持ちが邪魔をする。感情的なわだかまりを抱えたまま、冷静な話し合いをすることは難しい。
しかし、過去の問題を相続の場で解決することも難しい。何十年も前の出来事について、今から公平な判断を下すことはできない。親はもういない。当時の状況を正確に再現することもできない。
解決できない問題を抱えたまま、話し合いが膠着することがある。
感情が出た後に残るもの
感情的なやり取りがあった後、話し合いがどうなるかは家庭によって異なる。
時間を置いて冷静になり、改めて話し合いを再開できる場合もある。過去のことは過去のこととして、財産の分配に集中しようと合意できることもある。
一方で、感情的な傷が残り、関係が悪化したまま相続が終わることもある。財産は分けられたが、兄弟関係は壊れた。そうした結果になることもある。
相続をきっかけに噴き出した感情は、相続が終わっても消えない。むしろ、相続という場で表面化したことで、より鮮明に記憶に残ることがある。
結び
相続の話し合いは、財産をどう分けるかという実務的な場である。しかし、その場に持ち込まれるのは、財産だけではない。
長年の関係の中で蓄積されてきた感情、言えなかった不満、解消されなかった不公平感。それらが、相続という場面で表に出てくることがある。
財産を分けることはできても、感情を分けることは難しい。相続が終わった後も、残るものがある。
