相続の話を避け続けることで起きること

相続と人間関係

相続の話を避け続けることで起きること

相続の話をしなければならないと分かっていても、切り出せないまま時間が過ぎていく。誰も言い出さないから、自分も言い出さない。そうしているうちに、月日だけが流れていく。

避けることには理由がある。避けた結果として起きることもある。それを責めるのではなく、ただ観察してみる。

避けることで保たれる日常

相続の話を避けている間、日常は維持される。家族との関係も、それまでと同じように続いていく。話題に触れなければ、波風は立たない。

その均衡は脆いものかもしれないが、少なくとも今は保たれている。避けることで得られている安定がある。その安定を手放すことへの躊躇が、話を切り出せない理由のひとつになっている。

「誰かが言い出すだろう」という期待

自分から言い出すのは気が引ける。でも、きっと誰かが言い出してくれるだろう。長男が、あるいは一番近くにいる人が、そのうち切り出してくれるはずだ。

そういった期待を、全員が同時に持っていることがある。誰もが「自分以外の誰か」を待っている状態が続くと、結局誰も言い出さないまま時間が過ぎていく。

話さないことが暗黙のルールになる

相続の話題が出ないまま何度か集まりがあると、それが当たり前になっていく。話さないことが、いつの間にか家族の中での暗黙のルールになる。

ルールが一度できると、破るのは難しい。話題を出すこと自体が、ルール違反のように感じられてしまう。そうなると、ますます切り出しにくくなる。

情報の偏りが生まれる

相続に関する情報を、全員が同じように持っているわけではない。親と同居している人、遠方に住んでいる人、普段から連絡を取り合っている人、そうでない人。立場によって、知っている情報が違う。

話し合いを避け続けると、その情報の偏りがそのまま固定される。知っている人と知らない人の差が広がり、後になって「聞いていなかった」「知らなかった」という事態が生まれやすくなる。

期限が近づいてから気づく

相続には法的な期限がいくつか存在する。相続放棄の期限、相続税の申告期限、不動産の登記期限。これらの期限は、話し合いを避けている間も静かに近づいてくる。

期限が迫ってから慌てて話し合いを始めると、十分な検討ができないまま決断を迫られることがある。避けていた時間が、選択の幅を狭めていたことに後から気づく。

選択肢が狭まっていく

時間が経つほど、選択肢は少しずつ狭まっていく。売却のタイミング、手続きの順序、専門家への相談。早い段階であれば取れた選択が、時間が経つと取れなくなることがある。

避けている間は、選択肢が狭まっていることに気づきにくい。すべての可能性がまだ残っているように感じられる。でも実際には、可能性は静かに減っていっている。

感情が蓄積される

話し合いを避けている間も、それぞれの中で感情は動いている。不安、苛立ち、焦り、諦め。言葉にならないまま、それぞれの胸の中に蓄積されていく。

蓄積された感情は、いつか話し合いが始まったときに表に出てくることがある。避けていた期間が長いほど、蓄積された量も多くなる。話し合いが始まった瞬間に、予想外の感情が噴き出すことがある。

避けたことへの後悔

後になって、「もっと早く話しておけばよかった」と思う瞬間が訪れることがある。あのとき切り出していれば、もう少し落ち着いて話せたかもしれない。もう少し多くの選択肢があったかもしれない。

後悔しても時間は戻らない。ただ、避けていた期間のことを、後から振り返る機会はある。そのとき、避けていた理由が正当だったかどうかを考える人もいる。

避け続けた先に残るもの

相続の話を避け続けた先には、何が残るのか。手続きが完了していない状態、分割が決まらない状態、関係がぎこちないままの状態。そのどれかが、あるいは複数が残っていることがある。

避けたことで得られた平穏な時間と、避けたことで生まれた問題。その両方が、避け続けた先に存在している。どちらが大きいかは、それぞれの状況によって違う。

結びに

相続の話を避けることには、それなりの理由がある。関係を壊したくない、波風を立てたくない、自分から言い出す勇気がない。そういった気持ちは、多くの人が持っている。

避けた結果として起きることは、避けているときには見えにくい。見えないまま時間が過ぎ、見えたときには状況が変わっている。その構造は、避けることを選んだ人を責めるためにあるのではない。ただ、そういうことが起きやすい、という観察にすぎない。


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