相続に関わらないという選択の現実

相続と人間関係

伝えた日のこと

「自分は関わらない」と伝えたのは、父の葬儀から十日ほど経った頃だった。兄と姉がいる。三人きょうだいの末っ子で、自分だけが実家から離れた場所に住んでいる。葬儀のあいだも、段取りは兄と姉が中心に進めていた。自分は言われた場所に立ち、言われた順番で焼香をした。それ以上の役割は、特になかった。

夜、兄に電話をかけた。相続のことは二人に任せたい、と言った。兄は少し間を置いてから「分かった」と返した。怒っている様子ではなかった。ただ、それ以上何も聞いてこなかった。確認もなければ引き止めもない。思っていたより、あっさりしていた。

翌日、姉にも同じことを伝えた。姉は「それでいいの」と聞き返してきた。いい、と答えた。姉は「分かった」と言ったが、そのあとの沈黙が少し長かった。何かを言いかけて、やめたのかもしれない。気のせいかもしれない。

その夜、布団に入っても少し落ち着かなかった。でも、決めたのだからこれでいいと思った。何をどう決めたのか、具体的に言語化はできなかったけれど、とにかく決めたという感覚だけがあった。

何も起きない数週間

宣言してから、何も起きなかった。連絡は来ないし、自分からもしない。日常がそのまま続いていた。

相続のことを考えなくてよい時間には、たしかに楽さがあった。何を分けるか、どの書類を出すか、いつまでに何をするか。そうした話に自分は関わらない。朝起きて、仕事をして、帰宅する。父が亡くなる前と同じ一日が、同じ速度で繰り返されている。

妻がときどき、「お兄さんたち、大丈夫かな」と言う。大丈夫だと思う、と返す。でも、大丈夫かどうかを確かめる手段は自分にはなかった。確かめることは関わることでもあるから、手が伸びなかった。

姉から一度だけ、短いメッセージが届いた。「進んでるよ」。それに対して「ありがとう」と返した。何が進んでいるのかは聞かなかった。聞いたら中身に触れることになる。触れたら、離れた意味が薄れる気がして、画面を閉じた。

境目の見えない電話

一か月ほど経った頃、姉から電話がかかってきた。

「押し入れの奥から、あんたの小学校のアルバムが出てきたんだけど。取っておく?」

答えに詰まった。関わらないと言ったのは、財産のことだ。アルバムは財産ではない。でも、実家の中にあるものを受け取ることは、あの場所に自分の手が届いているということでもある。

「任せるよ」と言った。姉は「分かった」と答えて、電話を切った。

あとから考えた。姉はアルバムの話をしたかっただけだろうか。それとも、何か別のことを聞くためのきっかけだったのだろうか。こちらの様子をうかがっていたのかもしれない。自分がそれを受け取れなかったのかもしれない。あの短い通話の中に何があったのか、今でも分からない。

署名が必要だと言われて

数か月後、兄から連絡があった。「書類に署名が要る。関わらないのは分かってるけど、手続きの都合でどうしても必要なんだ」。

郵送された封筒を開くと、遺産分割協議書の書面が入っていた。自分の名前が印字された欄があり、署名と押印を求める付箋が貼ってあった。

関わらないと言ったはずの場所に、自分の名前が組み込まれている。意志の問題ではなく、制度がそうさせていた。完全に離れるということは、自分が思っていたような形では成り立たないらしい。

署名して、返送した。それだけの作業だった。でも、ボールペンを持ったとき、指先にわずかな抵抗があった。関わっていないはずの場所に足跡を残しているような感覚だった。

封筒を投函して帰る道で、空がやけに明るかった。何でもないことのはずなのに、少し消耗していた。

声のかけ方が変わる

盆の前に、姉から連絡があった。「今年、集まれそう?」。

例年なら「何日に集まるから」という言い方だった。日時が決まっていて、出欠を聞く形だった。今年は「集まれそう?」という打診になっていた。来なくてもいい余地が含まれていた。

姉の気遣いなのだと思った。でも、気遣われていること自体が、自分がすでに外側にいることを示していた。

行かなかった。行く理由が見つからなかった。行ったとして、話し合いの経緯を知らない自分がその場にいることが、兄と姉に気を遣わせるだけだと思った。行かない理由を探していたわけではない。ただ、行くことにかかる力のほうが大きかった。妻に「行かないの?」と聞かれた。「うん」とだけ答えた。妻はそれ以上聞かなかった。

固まっていく位置

気がつくと、「関わっていない人」という位置が定着していた。

兄と姉のあいだで何かが決まっても、自分に届くのは事後の話だけだった。報告が来ることもあれば、来ないこともある。それは自分が選んだことのはずだった。でも、同じ親の子どもなのに情報の外にいるという感覚は、選んだときには想像していなかった重さを持っていた。

相続に関わらないと言ったのは、財産の分け方に加わらないという意味だった。でも、結果として家族の中での自分の位置が変わった。話題が何であっても、「一歩引いている人」という空気がどこかに漂っている。

妻に「最近、きょうだいと話してないね」と言われた。そうだね、と返した。その先に何を言えばいいのか、分からなかった。

断片的に聞こえるもの

姉と久しぶりに電話をしたとき、話の流れで相続のことが少し出た。「名義のこと、ようやく片付いたよ」「兄さん、けっこう大変だったみたい」。

それだけの断片から、二人がどれだけの時間と手間をかけてきたかが少しだけ見えた。何度も役所に足を運び、何度も書類を揃え、何度も話し合いをしていたらしい。

ありがとうと言うべきなのかもしれない。でも、関わらないと言った自分がその言葉を口にすることに、どこかちぐはぐなものを感じた。関わらなかった人間の「ありがとう」は、何に対する礼なのか。自分でもうまく説明できない。

「大変だったね」とだけ返した。姉は「まあね」と言って笑ったが、声にわずかな疲れが混じっていた。自分がいれば何か違っていただろうか。いても変わらなかっただろうか。その問いには答えが出ない。

戻れるかどうか

今から「やっぱり関わりたい」と言うことは、たぶんできない。

手続きはすでに終わっている。話し合いも済んでいる。途中経過を知らない自分が今さら口を出す場面はない。仮に言ったとしても、兄と姉を困らせるだけだろう。

関わらないという選択は、あの夜に一度だけ下した判断だった。でもその一度が、そのあとの時間すべてに影を落としている。戻りたいとはっきり思っているわけではない。ただ、兄に電話をかけたあの夜の自分が、今の自分からは遠くに見える。

なぜ関わらないと言ったのか。自分でもすっきりとは説明できない。間違っていたとも思わない。でも、正しかったと言い切れるかというと、そこにも確信はない。

確信のないまま、日が過ぎている。