デジタル資産があるかどうか分からないまま終わった相続
相続の手続きが一通り終わった。銀行口座の解約、不動産の名義変更、保険金の請求。目に見える財産については対応した。遺産分割協議も成立し、相続は「完了」したことになっている。
しかし、どこかに引っかかりが残っている。親がデジタル資産を持っていたかどうか、結局わからないままだった。ネット証券、暗号資産、電子マネー、ポイント。そうしたものがあったのかなかったのか、確認する手段がなかった。
確認できないまま、相続は終わった。あったかもしれないし、なかったかもしれない。その曖昧さを抱えたまま、時間だけが過ぎていく。
デジタル資産は目に見えない
従来の財産には、物理的な存在があった。通帳、証書、不動産、現金、貴金属。探せば見つかるし、見つかれば存在がわかる。
デジタル資産には、物理的な形がない。データとしてどこかのサーバーに存在しているが、それを示す紙の証拠は届かないことが多い。本人のパソコンやスマートフォンにアクセスできなければ、存在自体を知る手段が限られる。
目に見えないからこそ、「あるかどうかわからない」という状態が生まれやすい。探しようがない、という感覚。
存在を確認する手がかりの少なさ
デジタル資産の存在を確認するには、いくつかの手がかりがある。本人のメールアドレスに届いた通知、スマートフォンにインストールされたアプリ、ブラウザのブックマーク、パソコンに保存されたファイル。
しかし、これらにアクセスするには、本人のパスワードが必要になる。パスワードがわからなければ、メールも見られない、アプリも開けない。手がかりを得るための入口が、ロックされている。
郵便物を確認しても、デジタル資産に関する通知は届かないことが多い。すべてがオンラインで完結しているサービスでは、紙の証拠が残らない。
調べようとしても調べられない壁
デジタル資産があるかどうかを調べようとしても、現実的な壁がある。
金融機関に問い合わせて、親の口座があるかどうかを確認することはできる。しかし、すべての金融機関に問い合わせることは現実的ではない。ネット証券、暗号資産取引所、電子マネーサービス。どこに口座があるかわからない状態で、一つ一つ確認していくのは膨大な手間がかかる。
そもそも、どのようなサービスが存在するのかを把握していなければ、問い合わせ先のリストすら作れない。知らないサービスには、問い合わせることもできない。
「たぶんないだろう」という判断
調べる手段が限られている中で、「たぶんないだろう」という判断が下されることがある。
親の生活ぶりを考えると、暗号資産に投資していたとは思えない。ネット証券を使っていた様子もない。電子マネーは使っていたかもしれないが、残高はたいした金額ではないだろう。
こうした推測に基づいて、調査を打ち切る判断がなされる。確証はないが、調べるコストを考えると、これ以上追求するのは合理的ではない。そう考える。
「たぶんない」という判断が正しいかどうかは、結局わからないままである。
調べることを諦めるタイミング
デジタル資産の調査を、いつ諦めるか。明確な基準はない。
他の相続手続きが終わったとき。相続税の申告期限が過ぎたとき。遺産分割協議が成立したとき。そうしたタイミングで、「これ以上は調べない」という区切りがつけられることがある。
調べ続けることのコストと、見つかる可能性の低さを天秤にかけて、諦めるという判断に至る。積極的な決断というよりは、消去法的な結論であることが多い。
相続が終わった後に見つかる可能性
相続が「終わった」後に、デジタル資産が見つかることがある。
何かのきっかけで親のメールアドレスにアクセスできるようになり、取引所からの通知メールを発見する。スマートフォンのロックが解除でき、アプリの一覧を確認できるようになる。数年後に届いた督促状で、サービスの存在を知る。
見つかった場合、すでに終わった相続をどう扱うかという問題が生じる。遺産分割協議をやり直すのか、見つけた人がそのまま受け取るのか。金額によっては、新たな争いの種になることもある。
見つからないまま終わることもあれば、後から見つかって問題になることもある。どちらになるかは、予測できない。
確認できなかったことへのモヤモヤ
相続が終わった後も、「本当にデジタル資産はなかったのか」というモヤモヤが残ることがある。
確認できなかっただけで、実際にはあったのかもしれない。どこかに眠っている資産があるのかもしれない。そう考えると、相続が完全に終わったという実感が持てない。
金額が大きければ、もっと調べるべきだったのではないか、という後悔が生まれることもある。逆に、金額が小さければ、調べなくても問題なかったのかもしれない、と思うこともある。いずれにしても、確認できなかったという事実が残る。
デジタル資産が相続の盲点になる構造
デジタル資産が相続の盲点になりやすいのは、いくつかの構造的な理由がある。
物理的な証拠が残りにくい。本人以外がアクセスする手段が限られている。サービスの種類が多く、すべてを把握することが難しい。相続手続きの中で、デジタル資産を体系的に調査する仕組みが確立されていない。
これらの構造が重なることで、デジタル資産は「見落とされやすいもの」になっている。相続人の側が意識的に調べようとしても、限界がある。
結び
デジタル資産があったかどうかわからないまま、相続は終わる。確認する手段が限られており、調べるコストも高い。どこかで「これ以上は調べない」という判断を下すしかない。
その判断が正しかったのかどうかは、わからないままである。あったのかもしれないし、なかったのかもしれない。その曖昧さを抱えたまま、相続は「完了」する。
デジタル化が進む中で、この種の曖昧さを抱える相続は増えていくのかもしれない。

