親の死後、実家に誰も行かなくなったケース
親が亡くなってから、実家には誰も住んでいない。兄弟は三人とも、別の場所に家を持っている。葬儀が終わり、初七日が過ぎ、形見分けの話が一度だけ出たあと、誰がいつ実家に行くかは、話題に上らなくなった。鍵は、実家に近くに住む兄弟が持っている。固定資産税の納付書が届いたとき、その兄弟がグループLINEに写真を送った。「どうする?」と書かれ、二人が「また今度話そう」と返した。実家に誰も行かなくなった。行かなくなった理由は、はっきりとは言われていない。
—
最後に集まった日
遺品の整理のため、三人が実家に集まった日があった。その日は、午前中に始まり、夕方までかかった。服は処分し、食器のうち形見として取っておくものをそれぞれが選び、残りは業者に依頼した。家具はそのままにして、誰も「いつか使うかも」とは言わなかった。
帰り際、誰かが「また来ないとな」と言った。何をしに来るかは、言われなかった。その「また」が、いつになるかも、決まらなかった。
—
鍵を持つ人だけが通う
実家の鍵を持っているのは、車で三十分の距離に住む兄弟だった。郵便物が溜まらないように、ときどきポストを開けに行く。庭の草が伸びすぎないように、数ヶ月に一度は足を運ぶ。それ以外の用事は、特にない。
他の二人は、実家まで電車とバスで二時間かかる。用事がなければ、行く理由がない。用事とは何か。相続の手続きで書類を取りにいくこと、家の状態を確認すること。それらは、鍵を持つ人が代わりにできる。代わりにできるから、二人が行く必要はない、という話になった。行かなくなったのではなく、行く用事がなくなった、という言い方もできる。
—
実家の話が出ない連絡
兄弟のグループLINEでは、たまにやり取りがある。子供の進学の話、仕事の愚痴、たわいのない報告。実家の話は、固定資産税の通知や、大家に出す書類の話が出たときだけだ。実家に誰かが行ったかどうかは、報告されない。報告する義務も、聞く義務も、ない。
「実家、どうしてる?」と聞けば答えは返ってくるだろう。聞いていない。聞かない理由は、特にない。話題に上らないだけである。
—
処分の話が先送りになる
実家を売るか、賃貸に出すか、誰かが住むか。その話は、遺品整理の日に一度触れたきりだった。「まだ考えたくない」と誰かが言い、「そうだね」と誰かが答えた。考えたくないまま、一年が過ぎた。家は空いたまま、固定資産税は毎年かかる。かかることは分かっている。分かっていても、処分の話はまた「今度」に回された。
誰がその話を切り出すか。誰が決断を促すか。役割は決まっていない。決まっていないまま、実家には誰も行かず、話も進まない。
—
行かなくなったことの理由を聞かない
実家に誰も行かなくなった。それは事実としてある。なぜ行かなくなったのか。忙しいからか、距離が遠いからか、行く理由がなくなったからか。理由を言葉にした人は、いない。理由を聞いた人も、いない。
行かなくなったことと、相続の話が進まないことは、つながっているかもしれない。実家に集まれば、話し合いの場になる。集まらないから、話し合いの場ができない。あるいは、話し合いをしたくないから、集まらない。どちらが先かは、分からない。分からないまま、実家には誰も行かず、その状態が続いている。
