相続は一度決めれば変わらないと思われがちな誤解
相続の話し合いが、ようやくまとまりかけた。割り方と、誰が何を引き取るかが、紙に書かれた。その紙を見ながら、誰かが「これで決まりだね」と言った。別の誰かが「一度決めたら変えられないんでしょ」と言った。誰も「変えられる」とも「変えられない」とも、はっきりとは答えなかった。法律の話をすれば、訂正ややり直しの可能性はある。ただ、その場では、一度決めたら終わりだという前提が、共有されていた。その前提のせいで、決めること自体が、さらに重くなっていた。
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決める前の「もう変えられない」という不安
話し合いの最中、誰かが「これでいいんだよね、後から文句言われないよね」と言った。決めたあとに、誰かが不満を言い出したらどうするか。その心配が、決める前からあった。だから、決めるまでに時間がかかった。全員が納得する案を、最初から見つけようとしていた。
納得するとは、何を指すか。不満がないことか、文句を言わないことか。その線引きは、話し合いのなかではされなかった。ただ、「一度決めたら変えられない」という思いが、決断を遅らせていた。
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決めたあとの「やっぱり」が出せない空気
話し合いの結果、実家は売却し、預金は三等分することになった。その決まりから数週間後、一人が「あの仏壇、やっぱり私が引き取りたい」とLINEに書いた。話し合いのときには、仏壇は処分する方向で出ていた。そのときは、引き取りたいと言わなかった。
「やっぱり」と言い出した人に、誰かが「もう決まったよね」と返した。決まったあとに変えることは、認めにくい空気があった。変えられるかどうかよりも、変えようとすることが、申し訳ないことのように扱われた。
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法律の話と、家族の空気の差
後から、相続の分割はやり直しができると、誰かが調べて伝えた。協議が調っていれば、やり直すにはまた全員の合意が必要だという話だった。法律上は可能だということが分かっても、家族のなかでは「もう決めたことだから」という言葉の方が、重かった。
法律で許されていても、場の空気では許されない。その差が、一人が「やっぱり」と言い出したときに、はっきりした。許されないと感じた人が、それ以上言わなくなった。やり直しの話は、そこで止まった。
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一度決めたら終わり、という思いの行き先
「一度決めたら変えられない」と思っていると、決めることが怖くなる。決めたあとで「やっぱり」が出てきたとき、言い出しにくくなる。変えられる可能性があることを知っていても、家族のなかでそれを口にすることは、別のハードルがある。
その結果、決める前は慎重になりすぎて進まない。決めたあとは、不満があっても言い出せない。一度決めたら終わりだという誤解が、話し合いを硬くしていた。硬いまま、何かが残っている。

