相続の話題を避けることで関係が保たれている家庭

相続と人間関係

相続の話をしなければならないと分かっていても、話題にしない家庭がある。意図的に避けているわけではないかもしれない。しかし、結果として誰も切り出さないまま時間が過ぎている。

そして、そのことで家族の関係が保たれているように見えることがある。話し合いを始めれば生じるかもしれない対立が、話さないことで回避されている。

話さないことで維持される日常

相続の話題を出さなければ、以前と同じ日常が続く。正月には集まり、誕生日には連絡を取り、何事もなかったかのように過ごす。その「何事もない」状態を維持するために、誰も話題を出さない。

話し合いを始めれば、財産の分け方という具体的な問題に向き合うことになる。その過程で、意見の違いが表面化するかもしれない。それを避けることで、表面上の平和が保たれている。

暗黙の了解が成立している状態

誰も話題を出さないという状態が続くと、それ自体が暗黙の了解になる。「今は話さない」ということについて、言葉にしないまま全員が合意しているような感覚が生まれる。

その了解を破ることは、ある種のルール違反のように感じられる。だから、話し合いを始めたいと思っている人がいても、言い出せない。

話題を出すことへの恐れ

相続の話題を出すことで、関係が壊れるかもしれないという恐れがある。兄弟間で意見が対立し、それまでの関係が維持できなくなるかもしれない。そう考えると、話さないほうが安全に思える。

実際に話し合いをした結果、関係が悪化した家庭の話を聞くこともある。そうした事例が、話題を避ける理由を強化する。

先送りによって何が起きているか

話題を避けることで、問題が解決されるわけではない。相続に関する手続きは、いずれ必要になる。不動産の名義変更、預貯金の解約、各種届出。これらは時間が経っても消えない。

先送りしている間に、状況が複雑になることもある。相続人の誰かが亡くなれば、その子どもに権利が引き継がれる。関係者が増えれば、話し合いはより難しくなる。

話さないことで生まれる不安

話し合いを避けている人の中にも、不安を感じている人がいる。「このままでいいのだろうか」「いつまで先送りできるのだろうか」という問いが、頭の片隅にある。

しかし、その不安を口にすることもまた、話題を出すことになる。だから不安を抱えたまま、黙っている。他の人も同じような不安を持っているかもしれないが、それを確認する術がない。

関係が保たれているように見える理由

話題を避けることで関係が保たれているように見えるのは、対立が表面化していないからだ。しかし、それは対立がないということではない。潜在的な意見の違いは、話し合いを始めれば現れる可能性がある。

見えていないことと、存在しないことは違う。表面上の穏やかさは、深いところにある問題を覆い隠しているだけかもしれない。

話し合いを始めた家庭との比較

話し合いを始めた他の家庭で、関係が悪化した事例を見ると、「うちは話さなくて正解だった」と感じることがある。しかし、話し合いを始めて円満に終わった家庭の話は、あまり聞こえてこない。

うまくいった事例は話題にならず、問題が起きた事例だけが伝わる。その偏りが、話し合いへの恐れを強化している面がある。

いつまで避け続けられるか

話題を避けることで関係が保たれているとしても、それがいつまで続くかは分からない。何かのきっかけで、話し合わざるを得ない状況が訪れることがある。

親の施設入所、不動産の売却、税務上の問題。外部からの要請によって、否応なしに話し合いが始まることがある。そのとき、長年避けてきた話題に向き合うことになる。

避けることの代償

話題を避けることで維持されている関係には、どこか緊張感がある。相続の話になりそうな場面では、無意識に話題を逸らす。その繰り返しが、コミュニケーションに歪みを生じさせることがある。

本当に話したいことを話せない関係は、親密に見えても脆い面がある。表面上の穏やかさと、内側の緊張感のギャップが、少しずつ積み重なっていく。

話題を避けることで保たれている均衡は、均衡と呼べるものなのかどうか。その問いに対する答えは、それぞれの家庭で異なる。


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