二段階認証が壁になる相続
親のメールアカウントにログインしようとする。IDとパスワードは、メモに残っていた。入力してログインを試みる。すると、画面に「認証コードを送信しました」という表示が出る。
コードは親のスマートフォンに届く。しかし、そのスマートフォンはロックがかかっていて開けない。あるいは、すでに解約されている。認証コードを受け取る手段がない。
目の前にログイン画面があり、IDもパスワードもわかっているのに、中に入ることができない。二段階認証という仕組みが、壁として立ちはだかる。
二段階認証の普及
二段階認証は、セキュリティを高めるための仕組みとして広く普及している。パスワードだけではなく、もう一つの認証手段を求めることで、不正ログインを防ぐ。
金融機関のオンラインバンキング、メールサービス、SNS、通販サイト。多くのサービスで二段階認証が導入されている。スマートフォンに届くSMS、認証アプリで生成されるコード、登録済みのメールアドレスへの通知。認証の方法はいくつかあるが、いずれも本人の端末やアカウントへのアクセスが前提となっている。
生きている本人にとっては安全を守る仕組みだが、亡くなった後は別の意味を持つことになる。
認証コードが届かない状況
故人のアカウントにアクセスしようとしたとき、二段階認証のコードは故人のスマートフォンに届く。しかし、そのスマートフォンを開くことができなければ、コードを確認する手段がない。
スマートフォンにロックがかかっている場合、パスコードや生体認証がなければ画面を開けない。故人がパスコードを家族に伝えていなければ、試行錯誤するしかない。しかし、何度も間違えるとロックがかかり、最悪の場合はデータが消去される設定になっていることもある。
コードを受け取れない、という単純な問題が、アクセスを完全に遮断する。
メールアカウントへのアクセス
メールアカウントにログインできないことは、他の多くの手続きに影響を及ぼす。
故人がどのようなサービスを契約していたか、どの銀行に口座があったか、どの保険に加入していたか。これらの情報は、メールの受信履歴から確認できることが多い。しかし、メールアカウント自体にアクセスできなければ、その情報を得ることができない。
契約していたサービスの解約、届いている請求への対応、各種アカウントのパスワードリセット。メールはそれらの入口になっているが、入口そのものが閉ざされている状態になる。
認証アプリの場合
二段階認証の方法として、認証アプリを使っているケースがある。Google Authenticator、Microsoft Authenticator、Authyなど。これらのアプリは、一定時間ごとに変わるコードを生成する。
このコードは、アプリがインストールされた端末でしか確認できない。故人のスマートフォンにインストールされた認証アプリを開けなければ、コードを取得する方法がない。
認証アプリのバックアップを設定していた場合は復元の可能性があるが、多くの場合、バックアップの存在自体を家族は知らない。
サービス提供側への連絡
二段階認証で先に進めなくなった場合、サービス提供者に連絡して対応を求めることになる。しかし、対応は一様ではない。
相続人であることを証明する書類を求められることがある。戸籍謄本、死亡診断書の写し、相続関係を示す書類。これらを揃えて送っても、対応に時間がかかることがある。数週間、場合によっては数か月。
サービスによっては、故人のアカウントへのアクセスを相続人に認めていない場合もある。セキュリティポリシーとして、本人以外のアクセスを一切認めないという方針を取っているサービスもある。
海外サービスの場合
海外のサービスを利用していた場合、対応はさらに複雑になることがある。
問い合わせ窓口が英語のみ、書類の提出も英語での説明が必要、日本の戸籍謄本が受け付けられるかどうかもわからない。そもそも、故人がどの国のサービスを使っていたのかを特定すること自体が難しいこともある。
言語の壁、制度の違い、連絡手段の限界。これらが重なって、対応を諦めざるを得なくなることがある。
放置されるアカウント
二段階認証の壁を越えられず、アカウントにアクセスできないまま放置されるケースがある。
メールアカウント、SNSアカウント、クラウドストレージ。これらは削除されることなく、インターネット上に残り続ける。サービスによっては長期間ログインがなければ自動的に削除される場合もあるが、そうでない場合は故人のアカウントがそのまま存在し続ける。
放置することに対する心理的な引っかかりはあっても、アクセスする手段がなければ、どうすることもできない。
セキュリティと継承の両立しにくさ
二段階認証は、本人以外のアクセスを防ぐための仕組みである。その目的は達成されているとも言える。しかし、本人が亡くなった後に正当な理由でアクセスしようとする人にとっても、同じように壁として機能する。
セキュリティを高めることと、死後のアカウント継承を可能にすることは、構造的に相反する部分がある。多くのサービスは、セキュリティを優先して設計されている。死後の継承については、後から対応が検討されるか、対応されないまま運用されていることが多い。
結び
二段階認証という仕組みは、生きている間は安全を守る手段として機能する。しかし、その仕組みが本人の死後に壁となり、遺族のアクセスを遮断することがある。
パスワードがわかっていても、コードが受け取れなければログインできない。その構造の中で、故人のデジタル資産や契約情報は、手の届かない場所に閉ざされたままになることがある。

